好きになろうよ!東村山

    この街をもっと好きになって欲しいと願う中年オヤジの日記

    耳が聞こえない辛さ

     2007年7月7日、私は東村山難聴者の会「悠々」(代表・丹野信子)の定例会に出席した。「悠々」は東村山要約筆記サークル「ゆいま~る」(代表・浅井美恵子)とともに7月5日、渡部尚市長に要望書を提出した(この要望書については後日、改めて紹介しようと思う)。そのこともあって私は定例会に出席することにしたのだった――。

     今思えば失礼の極みなのだが、私は「悠々」からいただいた定例会の案内状に書いてあった「会場準備の都合上、参加下さる方は下記へFAXでご連絡下さいますよう宜しくお願いいたします」という一文に、一瞬「何で?」と首をかしげてしまった。こういう会の代表には健常者がなるケースが多いから、「どうして電話じゃダメなの?」と思ってしまったのだ。
     しかし、定例会当日、会場に行ってみて理由がわかり、私は恥ずかしくなった。代表の丹野さんは全く耳の聞こえない人だったのだ。自分としてはいつも障害を持った方の立場で考えるようにしているつもりなのだが、ふとした瞬間、“健常者本位”で考えてしまっているようだ。反省しなければ……。

     定例会では様々な報告が行われたあと、現状を訴えるために参加者それぞれの、日常での困った体験が語られた。

    *自分は中途で耳が聞こえなくなったから、手話はダメ。でもコミュニケーションはしたい。だから手話を覚えたいんだけど、東村山で手話の講座があったのは、この2年で1回だけ。

    *難聴なので大きな声を出してもらわないとわからないのだが、医者は患者のプライバシーを考えて大声で言わない。

    *住んでいるマンションで防災訓練があったけど、説明が聞こえないので参加しなかった。災害時が心配。

    *買い物する時は大抵は大丈夫なんだけど、辛いのは「カードの期限が切れているので更新しますか?」と聞かれる時。わからないから紙に書いてもらうんだけど、後に待っているお客さんがズラッと並ぶと辛い。

    *医者の声は低くて聞こえづらい。ある医者には「聞こえないんだったら、(聞こえる人と)2人で来てよ」と言われた。


     何だか聞いていて、胸がズキズキして仕方がなかった。耳が聞こえないということはこんなにも辛いことなのか。
     最後に参加者の1人が、ある女性が機関誌に書いた「耳の為に恥を忍んで」と題する文章を読み上げた。

     十何年か前になるでしょうか。ある病院の泌尿器科でのこと。
    「すみません。私、耳が全く聞こえませんのでよろしくお願いします」と言った途端、耳にいきなり「ツンボはいつから」と。
     唇を読み取ったのです。そばにいた看護婦さんがびっくりして振り向いたところをみると、そのお医者さん、きっと大きな声だったのでしょう。もう顔が真っ赤になるほど恥ずかしく、でもすぐ「先生、ツンボはひどいです」と言い返しました。その先生いわく「れっきとした日本語だから、気にすることはない」。二度とその先生には診てもらいたくないと思いました。

     またある日、手話サークルに行く途中、時間を気にしながら急いで歩いていましたら、中年の女の人が前の方でじーっと私を見ているのです。何かと思い、何気なく後ろを振り向いたら、車が止まっていてハッと気がつき、端の方に寄ったのはいいのですが、運転していた男性、「馬鹿か?」と言いながら走り去ったのです。「ハイ、私、馬鹿です」

     もう一つ、電車の中での出来事。私の横の座席に熟年婦人がいて、その女性が話しかけてきたのです。それで「すみません。私、恥ずかしいのですが、耳が全く聞こえないのです」と言うと、「アラッ、耳が聞こえないの?」とその女性。これも大きな声らしいのです。周りにいた人たちが一斉に私の方を見たので……。

     耳が聞こえないと、こんなにも恥をかきながら生きていかなければならないのでしょうか。


     これを聞いた時は涙が出て仕方がなかった。文章を書き写している今も、目にじんわりと涙が滲む。特に最後の一文が胸を突き刺す。

     代表の丹野さんはコミュニケーションを取ることがトラブル解消の第一歩だから、最初に「私は耳が聞こえません」と言う勇気が必要と話した。でも言われた側がキチンと受け止められなければ、勇気を出して言った耳の不自由な人は傷つき、繊細な人は引きこもってしまう。
     耳の不自由な人は、一見すると、健常者と変わらない。だから多くの人は「私は耳が聞こえません」と言われると、戸惑ってしまう。この戸惑いが場合によっては相手を傷つけることになる。
     ではどうすればいいのか? 言われた時に、「じゃあ筆談しましょう」とペンとメモを出したり、耳の不自由な人の多くは筆談用の筆記具を持ち歩いているので、「何か書くものはありますか?」とジェスチャーすればいいと思う。そうやってストレスなくコミュニケーションが取れるような地域に、社会にしていくことが必要だと、私は痛感した。

     もう二度と「耳が聞こえないと、こんなにも恥をかきながら生きていかなければならないのでしょうか」という思いを抱かせないためにも。
    関連記事
    健常者は身障者を意識して欲しい
    今は不自由なくても、事故や病で、我が身が後天性身障者になったり、自分が傷付けた相手がそうなってしまう可能性が、実は紙一重の向こうにあるのを、普段は忘れてます。(私も、しょっちゅう…です)
    マサさんや他の市議が出会った方々が訴えた事は、明日や来年には自分が語っているかも知れない、他人事じゃないと考えておきたいと思いました。
    [ 2007/07/12 09:03 ] [ 編集 ]
    20の喪失
    初めて障害のある方に直面されたマサさん。
    とてもうれしいです。

    傷害があると、どのようなことが起きるか、は、
    トーマス・J・キャロル著 『失明』のなかで、
    「20の喪失」という形で的確にまとめられています。

    詳しく書いたページがあったのでリンクしておきます。
    http://lib.t.u-shizuoka-ken.ac.jp/lib/1satu-7.htm

    ⑱めだたない存在であること すら消失するという、
    この著者の考えかたは、本当に、詳細で的確だと思います。

    これは、マサさんの書かれた以下の文章にも関係すると思います。

    >代表の丹野さんはコミュニケーションを取ることがトラブル解消の第一歩だから、最初に「私は耳が聞こえません」と言う勇気が必要と話した。でも言われた側がキチンと受け止められなければ、勇気を出して言った耳の不自由な人は傷つき、繊細な人は引きこもってしまう。
     耳の不自由な人は、一見すると、健常者と変わらない。だから多くの人は「私は耳が聞こえません」と言われると、戸惑ってしまう。この戸惑いが場合によっては相手を傷つけることになる。



    耳が聞こえないことは、隠していたい=目立たない存在でいたい。
    しかし、その障害を表明することで、「目立つ存在」になってしまう。
    一般人の中の一人、として埋もれることすらできなくなるのです。
    他の障害の場合でも、車椅子、白い杖、どれも同じです。

    難しいです。情緒的に解決できる問題ではありませんが、
    マサさんが、いろんな一歩を踏み出してくれることを期待しています。
    [ 2007/07/12 12:34 ] [ 編集 ]
    国際障害者年から26年
    たまこさんの言われるとおり、ハンディキャップを持つ可能性は毎日わが身にあると思います。国際障害者年から26年たち、はやり言葉のようにノーマライゼーション・ユニバーサルデザインによるインフラなどが叫ばれてきましたが欧米諸国とくらべてこの国は、まだまだ大幅に遅れているのが現状です。地方行政でみれば東京都・東村山市では部分的に後退しているところもあるのです。(補助金等)記事で書かれている「心の問題に根ざした」行政のノーマライゼーション施策が望まれていると思います。
    [ 2007/07/12 12:39 ] [ 編集 ]
    連投・長文すみません
    「偶然なのか啓示なのか」
    http://usuimasayoshi.blog98.fc2.com/blog-entry-46.html#more
    ここでも、マサさんは健常者のくくりとは違う人々とお会いになっていますね。

    東村山~清瀬地域は、昔から結核療養所(現・新山の手病院)・ハンセン病(全生園)・精神神経科系病院・各種療育園を集めた『東京の保養地区』だった様ですね。現在の地図に十分名残りが残っています。
    今は無いですが昭和20年代ごろには、虚弱児童用の保養学校寮が清瀬近辺にあったそうですし。(毎日新聞・牧太郎氏のコラムによる)
    この過去があった上で、現在の東村山があるのは知らない方も多いのではないでしょうか?

    反対するなら今です  さんのコメントを引用して申し訳ないですが、
    >耳が聞こえないことは、隠していたい=目立たない存在でいたい。
    >しかし、その障害を表明することで、「目立つ存在」になってしまう。
    >一般人の中の一人、として埋もれることすらできなくなるのです。
    >他の障害の場合でも、車椅子、白い杖、どれも同じです。

    障がい表明をし辛いのは、見えない身体障がい認定者だけでなく、
    境目にいる人(ここでいうなら、片耳失調や難聴)や、心身症(これは見えないですね)、情緒障がい児育児中の親など、挙げ出したらキリが無いです。

    日本人(又は私の偏見)の多くが「健常者」基準の世間を作り、そこから外れると、言葉悪いですが「規格外」扱いしている様に思うことしばしばあります。これは幼い頃から「健常者」と「障がい者」を隔離して育っているシステムも一因と思います。

    以前、自閉症の概念は知っていても、街中で不可解な動きをするお子さんを叱り、後から来たお母さん(疲弊しきっている)に「この子は…」とカムアウトされて、相手に申し訳ない気持ちになった体験がありました。
    また、学習障害?を疑うボーダー児童とわが子が同級になると、対処方法が解らずうろたえる親でもあります。
    他にも、保育園への申請理由が「対人恐怖症」の方が、「ご近所や働くお母さん達には『在宅ワーカー』って言うしかない。カムアウト出来ない」と悩みつつ「保育園に子を預け、通院と療養する内に外出出来るところ迄回復してきた」と喜んでいたら、「労働理由」のお母さんから「○○さんが日中働かずフラフラ買い物してるのを見た。不法入園者じゃないか?」と影で責められて、症状が一時悪化して苦しかった…話を本人から聞いた事もあります。
    上の事例も、実は「明日はわが身」な出来事です。

    マサさんのコメント
    >ストレスなくコミュニケーションが取れるような地域に、社会にしていくことが必要だ

    当事者へのエンパワメント訓練も併せて必要なのでしょうが。

    理想論と一蹴されそうですが、マサさんのコメントに+健常者が身障者になった時でも、当たり前に生きれるのが、本当のセーフティネットを備えた社会なのだと思うのですが、如何でしょうか?

    [ 2007/07/13 11:08 ] [ 編集 ]
    うーん。難しい問題ですが、障害の生活に関わっている者としては複雑な思いです。
    私は日々の仕事で障害にどっぷり漬かっているので「ファックス」と言われれば「ああ、音声のコミュニケーションよりファックスの方がいいのね」とか、駅で男の人が飛び出してきて「電車!僕!33歳!カッコイイね~」と目の前で言われても「そうですね。電車かっこいいですね。でも、急に前に飛び出してきたからビックリしましたよ~。知らない人の前に飛び出したら行けないと思います~。」とか言ってしまいますが、皆がそうなるのは難しいなと思います。
    薄井さんがもう一歩踏み込んでくれるとしたら、上記の思いに付け加えて「でも、僕は電話の方がやりやすいと思ったし、なんでファックス限定なんだ?と思う人もいると思う。できれば最後にファックスの方がコミュニケーションとりやすいのでとか書いてくれると有難かったなあ」と思ってくれてもいいのではないかと思います。
    そういうコミュニケーションが地域で生きていく障害者やその支援者(私も含め)を成長させていく一端にもなり、お互いを理解していく手立てになる思うからです。
    その中で、障害者本人が傷ついて潰れない様なサポート体制を強化、健常者向けに理解の促しをしてくれればと思います。東村山には確か「るーと」とかもありましたね。市のホームページにも載っていたような。どれくらいのサポート体制を実現しているのでしょう。

    健常者も障害者もお互い成長しなければならないというのが感想でしょうか。健常者が多い世界に出れば、コミュニケーションの行き違いで傷つくことは当然。差別とは別に伝えることが上手ではないということが引き起こす事例も多いし。ストレス耐性を上げたり上手なコミュニケーションを学ぶ(人を使ってもよし)為にピアカウンセラーを導入したりと日々悪戦苦闘中な方も多いと思います。
    すごく好きというわけではないですが、この人も障害について深く考えて模索してるなという人がいますのでその人の文章をのせておきますね。
    http://www.eft.gr.jp/supported-living/070228masudome2.html

    何はともあれ、手話講座等の充実と、民間教室への紹介等が活発になりますように。
    [ 2007/07/13 14:06 ] [ 編集 ]
    「車椅子使用者は絶対マイノリティなんだ」
    再投稿スミマセン。

    「車椅子使用者は絶対マイノリティなんだ」

    これは、私の知っている、とても活動的で、
    行動力のある車椅子使用者が私に言った言葉です。
    かれは自分でNPOを起こし、仕事を開拓しています。

    続きがあります。
    「社会の中で、車椅子使用者が、マイノリティから抜け出すことは、
    数的に、考えられない。これからも、ずっとそうだ。
    そのことを考えながら、社会のあり方を考え、社会の中で発言し、
    行動に結び付けていくことが必要だ」

    私もそう思います。
    たまこさん、ななさん、そして私も含めて、日頃、障害のある人と、
    日常的に接していれば、、自分自身の行動にも反映されると思います。

    たまこさんの言われた
    >障がい表明をし辛いのは、見えない身体障がい認定者だけでなく、
    境目にいる人(ここでいうなら、片耳失調や難聴)や、心身症(これは見えないですね)、情緒障がい児育児中の親など、挙げ出したらキリが無いです。


    を考えると、障害を持つ人全体とし手の数は、実はマイノリティじゃなく、
    自分自身、あるいは自分に近しい人、大切な人がいる、なんて場合を
    を含めれば、本当は、世の中に「健常者」なんて、多くはないんじゃないだろうか。

    ななさんが書かれているように、
    >そういうコミュニケーションが地域で生きていく障害者やその支援者(私も含め)を成長させていく一端にもなり、お互いを理解していく手立てになる思うからです。

    このことは、「社会全体が成長していく」ことに、
    つながるんじゃないだろうか、と思います。

    でもふと思うのは、アメリカで障害を持つ人の支援が充実しているのは、
    徴兵制度と、その結果、戦争で障害を持つ人への支援、という形が、
    政策として位置づけられているから、というのも事実だと思います。
    ペンタゴンが、職業訓練に向けた予算、機器開発を牽引しています。
    戦争で障害を持っても、大丈夫、社会復帰できるからね、というわけ。
    必要に応じた政策と言うわけで、いかにもアメリカらしいと思います。

    そうじゃなくて、平和な社会を維持したまま、望ましい社会をつくる、、。
    日本はそうであってほしい。

    話があっちこっち行ってスミマセン。
    [ 2007/07/14 12:39 ] [ 編集 ]
    たまこさんへ
    コメントありがとうございます。

    >マサさんや他の市議が出会った方々が訴えた事は、明日や来年には自分が語っているかも知れない、他人事じゃないと考えておきたいと思いました。

    そうなんです。他人事じゃないんです。ただ、気付いていないか、目をそむけているかだけなんです。
    私は体の不自由な人のことに限らず、もっと情報の発信が必要だと思っています。そしてまず問題に気付いてもらうことが大切だと思います。

    [ 2007/08/10 12:50 ] [ 編集 ]
    反対するなら今ですさんへ
    コメントありがとうございます。
    いつも示唆に富む情報とアドバイス、本当にありがたいです。

    >めだたない存在であること すら消失する

    「なるほど」と唸ってしまいました。教えていただいたこと、肝に銘じて考えて行きたいと思います。

    [ 2007/08/10 12:54 ] [ 編集 ]
    zenさんへ
    コメントありがとうございます。
    国際障害者年からもう26年も経つんですね。
    この26年の間に、私を含め、健常者は体の不自由な人たちのことをどれくらい知り、受け止めてきただろうか。
    記事で紹介した機関誌の文章を見る限り、何も変わっていない気がする。
    もちろん、行政をただすのも大事ですが、私たち自身の意識を変えることの方がもっと重要かもしれない……そんなことを最近思います。
    [ 2007/08/10 15:20 ] [ 編集 ]
    たまこさんへ
    コメントありがとうございます。読みながら考えてしまいました。
    障がい者といっても、本当にいろんなケースがあります。
    まずは知ること、これが第一だと思います。私を含め、障がい者のことを知らない人は多いと思います。その人たちのために情報発信していきたいと思います。

    >理想論と一蹴されそうですが、マサさんのコメントに+健常者が身障者になった時でも、当たり前に生きれるのが、本当のセーフティネットを備えた社会なのだと思うのですが、如何でしょうか?

    その通りだと思います。そういう社会に近づけるようにしていきたいです。

    [ 2007/08/10 15:50 ] [ 編集 ]
    ななさんへ
    コメントありがとうございます。ななさんのコメントにはいつもハッとさせられます。今回も目からウロコでした。

    >健常者も障害者もお互い成長しなければならない。

    私の考えからは「障がい者」はスコーンと抜けていました。でも成長しなければいけないのは、障がい者もそうなんですね。
    私自身、もっと障がい者の方とコミュニケーションをとって、遠慮なく意見が言えるようにしないとダメですね。


    [ 2007/08/10 15:57 ] [ 編集 ]
    反対するなら今ですさんへ
    コメントありがとうございます。
    今回も深い話ですね。
    アメリカのケースは知りませんでした。そういう事情なら、誰もが「自分のこと」として考えますよね。

    >そうじゃなくて、平和な社会を維持したまま、望ましい社会をつくる、、。
    日本はそうであってほしい。

    そうしたいです。そのために自分にできること……考えてみます。

    [ 2007/08/10 16:22 ] [ 編集 ]
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    家族は妻と長男、長女。52歳。趣味は地元の食べ歩きと映画鑑賞。東村山市在住

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