投稿日:2008-05-03 Sat
2008年4月30日、佐藤真和議員の当選取り消しを求める審査申立てが東京都選挙管理委員会によって棄却されたことを不服として、矢野穂積議員と朝木直子議員が都選管を相手取って起こした裁判が、東京高裁(石川善則裁判長)で行われ、判決が言い渡された。判決主文は次の通り。原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
佐藤議員は2003年からそれまで住んでいた日野市を離れて東村山市に移り住んでいるのだから、当然と言えば当然の判決だ。判決文を読むと、原告側の主張はことごとく否定されている――。
判決理由にあたる「当裁判所の判断」という文章は長いので全文は紹介できないが、その一部を紹介しよう。(途中、具体的なアパート名や人物名が出てくるが、それは私の判断で表記を変えている。また途中の文章を赤文字にしたのも私である)
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原告らは、佐藤は、平成15年1月17日の本件転入届出の時点において東村山市内に住所を有していなかったのであり、同年4月19日の佐藤の選挙人名簿への登録は違法であるところ、その後、同年5月以降において引き続き3か月以上東村山市内に住所を有するに至ったとしても、当初の登録の違法の瑕疵が治癒されることはなく、当初の登録が有効になるものではなく、したがって、佐藤が平成19年4月22日の本件選挙の期日の3か月以上前から引き続き東村山市内に住所を有していたか否かを見るまでもなく、佐藤が本件選挙について被選挙権を有しないことは明らかである旨主張する。
ところで、公職選挙法21条1項は、選挙人名簿の被登録資格の要件として、他の市町村から当該市町村の区域内に住所を移した者で転入の届出をしたものについては、当該届出をした日から引き続き3か月以上登録市町村の住民基本台帳に記録されていることを挙げているところ、そのような被登録資格を生じさせるための住民基本台帳の記録は、記録された者が実際に当該市町村の住民であるという事実に基づいた正当なものであることが必要と解されるが、同法22条によれば、市町村の選挙管理委員会は、定時に被登録資格者を選挙人名簿に登録するほか、選挙を行う場合はその都度被登録資格者を確認し選挙人名簿の登録を行うこととされているのであるし、同法9条2項、10条1項5号、2項によれば、市町村議会の議員の選挙権及び被選挙権は、選挙の期日を基準として、引き続き3か月以上その市町村の区域内に住所を有する者で一定の年齢以上の者がこれを取得するとしているのであるから、永久選挙人名簿制度の下においても、市町村議会議員選挙の選挙権及び被選挙権の有無は、当該選挙の期日を基準として、その選挙の期日の3か月以上前から引き続き当該市町村の区域内に住所を有する者であったか否かによって判断すべきものであり、時期を異にする選挙の時点の選挙人名簿の登録の有効性によって影響を受けるものではないと解するのが相当である(ちなみに、選挙人名簿は、被登録者が選挙人たることを確認し又は公証する効力を有するだけであって、法定要件を欠き選挙人たることを得ない者が誤って登録されたとしても、選挙権を有することにならないのは当然である。)。
原告らの指摘する最高裁判決(最高裁判所昭和58年第32号同年12月1日第一小法廷判決・民集37巻10号1456頁)は、本件とは事案を異にするものであり、原告らの主張は採用することができない。
また、佐藤の生活の本拠たる住所は平成15年1月17日ころ以降一貫して東村山市内にあると認めることができるから、同年4月19日の佐藤の選挙人名簿への登録が違法である旨の原告らの主張は、その前提を欠いているというべきである。
また、原告らは、佐藤が、平成18年9月25日、I氏(注:清瀬市民オンブズマン)に対し、週に2、3日は妻子のいる日野市のマンションで同居して生活しており、生活の本拠が日野市と東村山市の両方である旨を述べたことを東村山市内に住所を有していなかった事情として主張する。しかし、佐藤はI氏に対し、「向こう(東村山市のアパート)は、私は、週に半分以上は向こうにいます。」と述べたにすぎず、「本拠地は向こうとこっちの…」との発言はその趣旨が明確でないし、佐藤が平成18年9月に妻が骨折したため、同月及び同年10月中は頻繁に日野市のマンションに行って、夕食や翌日の朝食の支度をするなどしていたのは、未成熟の子の監護を妻に託して別居する者にとって、妻がけがをして夫の援助を必要とするとき、その世話をするために通うのはむしろ当然のことであるというべきであり、そのような行為があることをもって佐藤が日野市のマンションを生活の本拠としていたと認めることはできないというべきである。
さらに、原告らは、佐藤は、本件転入届出の後も、日野市内の小学校のPTA会長等の役員を引き受け、日野市のマンションの直近隣接地に駐車場を借り、NTT電話帳に日野市の住所付きで電話番号を掲載している旨主張する。しかし、そのような事情があるからといって平成15年1月17日ころ以降東村山市のアパートを生活の本拠としていたとの前記認定を覆すことはできないというべきである。
以上によれば、本件裁決は正当であって、その違法をいう原告らの主張はいずれも採用することができない。
よって、原告らの請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
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完膚なきまでに原告の主張は否定されていると言ってもいいのではないだろうか。これでも判決文のほんの一部を紹介したに過ぎない。
これほど明確な判決が出たというのに、矢野・朝木両議員が運営するホームページ「東村山市民新聞」では5月2日現在、トップページにこんな文章を掲載している。
「草の根」の斗い ⇒ 3/21 本人を取調べ。越境通勤「市議」はダメ!電車通勤でも、ダメなものはダメ!
◎当選無効裁判―佐藤まさたか「市議」、饒舌供述したものの
「佐藤は東村山と日野の両方に居住の事実がある」との選管認定を示され絶句!言い逃れしても、最高裁判決が壁!
3月21日に証人尋問(「取調べ」とは言わない)を行ったことを伝えているのであれば、判決内容も掲載すべきではないだろうか。それが自分たちにとって都合の悪いことであれ、事実を伝える姿勢は必要だと思うのだが、矢野・朝木両議員はその点についてどう考えているのだろうか?
いや、その前にこの裁判の経過を掲載すべきだろう。私は以前に書いた記事で、この裁判までの経過を掲載した。改めて書くと以下の通りだ。
*2007年4月27日……矢野議員と朝木議員は、「佐藤議員の当選は無効である」と東村山市選挙管理委員会に異議の申出をする。
*2007年7月27日……東村山市選挙管理委員会は異議の申出を棄却。
*2007年8月16日……矢野議員と朝木議員は東村山市選挙管理委員会の決定を不服とし、東京都選挙管理委員会に対して佐藤議員の当選決定を取り消す裁決を求めて審査の申立てをする。
*2007年10月10日……東京都選挙管理委員会は審査の申立てを棄却。
「東村山市民新聞」を見ると、この経過が全く記されていない。事実を敢えて隠しているようにも思える。そうした上で佐藤議員を「越境通勤『市議』」などと決め付けるのは、悪い印象を与えようという意図が感じられるし、名誉毀損的行為と受け取られても仕方ないと思う。
判決文を読んでいると、矢野・朝木両議員に対する腹立たしさが湧き上がってきて仕方がない。特に腹立たしいのが、2006年9月末から10月にかけて清瀬市民オンブズマンの人間や朝木議員が、佐藤議員の家族が住む日野市のマンションに張り込み、ストーカーまがいのことをして「佐藤議員の生活の本拠が日野市である」ことの証拠集めをしていたことだ。
2006年9月末から10月は、東村山駅西口再開発の見直しをする住民投票を求める署名活動の真っ最中で、私は当時議員ではなかったが、その活動の手伝いをしてとにかく忙しかったことを覚えている。そして会派に関係なくいろんな議員が市民運動を支えてくれた。佐藤議員もその1人だ。そうやって「東村山という街をどんな街にしたいか、みんなで考えようよ」という気運を盛り上げているときに、張り込みをしていたなんて……。議員としてそっちの方が最重要事項だったのだろうか?
少なくとも草の根市民クラブは西口再開発に反対姿勢を見せていたのだから、やるべきことは違うのではないだろうか。
まあ、腹立たしさはこれ以上言っても仕方のないことだから置いておくとして、事実を伝える姿勢はキチンとして欲しいと思う。2007年5月25日に朝木議員が出した「人権侵害等申出書」についても、出したことはホームページに載っていても、2007年12月27日に出された結論については一切触れていない(2008年5月2日現在)。
これでは市民に対し、議員としての信頼を失うことになりかねない。余計なお世話かもしれないが、今のままでは議員の資質も疑われかねないので、早急に改善した方がいいと思いますよ。
団地の管理組合役員の「非人道体質を象徴する」例として「草取り」を(ビックリマークつきで)挙げる矢野「市議」(4月29日付記事参照)。もともと“単にゴネてるだけ”と思われてるのにますます説得力を失うだけですが、どうしてこんなにこだわるのかと首をひねっていた 2008-05-03 Sat 22:36:41 | 3羽の雀の日記
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