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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒


『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(宇留嶋瑞郎著/ユニコン企画発行/長崎出版発売/1200円+税)
 草の根問題の原点ともいえる1995年の議席譲渡事件と女性市議転落死事故について詳細に書かれたルポルタージュ。現在、絶版となっていて書店では買えないが、私の手元に在庫があるので、希望者はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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さり気なく妻に確認
 市議になる……正直言って、それまで本当に考えたことはなかった。確かに会社の企画で新宿区議に立候補するという話が出た時、「新宿区議になるくらいなら東村山市議になる」と言ったことはあった。でもそれはあくまでも冗談だ。
 だけど、本気で「市議になる」ということを考えると、不思議なのだが意外とだんだんしっくりくるようになった。私なら「政治は嫌い」という人の意見や考えを聞くことができるかもしれない。
 そもそも「政治は嫌い」という人は、決して「政治に無関心」というワケではない。単にかかわりたくないだけなのだ。意見を聞かれれば、ちゃんと答えるし、言いやすい人だったら自分から意見を言う。そういう人たちにとって「言いやすい存在」に私ならなれる気がした。


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決意までの日々 | 06:05:09 | Trackback(0) | Comments(0)
決意の萌芽
 市議選のことを意識し始めたのは、1月末のことだった。私は、住民投票を求める署名活動を行った「みんなで決めよう!西口再開発」市民連絡会の世話人をしていた関係で、「トトロの里にふさわしい市長を!」東村山市民が市長をつくる会という市民グループの世話人なった。要するに市民派の市長候補を自分たちの手で探して擁立しようというワケだ。これこそ本当に政治にかかわるから、私はイヤだったのだが、会長はすごくいい人だから「この人のために」と思って世話人を引き受けた。
 何度か準備会議を経て、2007年1月27日に市民センター別館でこの会の結成集会を開催。実はこれが、市議選を意識するキッカケとなった。


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決意までの日々 | 16:50:33 | Trackback(0) | Comments(0)
企画としての議員挑戦
 私が勤めていた会社は風俗情報を扱う出版社だった。とはいえ、時代は確実に新聞や雑誌などの紙媒体から、インターネットに移ろうとしている。そのことを認識し、自社サイトを強化するためにもコンテンツの早急な充実が必要……そう考えた結果、会社は動画サイトをつくることを決め、プロジェクトチームを組んだ。
 そのチームの中に私も加わったのだが、当初はなぜ私がプロジェクトの一員になったのか、さっぱり理由がわからなかった。だが、どんな番組をつくっていくのか、中身の話を詰めていくうちに、その理由が見えてきた。
 風俗情報を流すニュース番組をつくる上で、キャスターが必要となってくるのだが、その条件が「真面目に風俗事情の話ができて、しかもオチャラケたこともできる人間」だったのだ。その条件をもとに社内を見回したら、私に白羽の矢が立ったというワケだ。2006年12月のことだった。


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決意までの日々 | 15:58:07 | Trackback(1) | Comments(0)
疑惑の西口再開発
 住民投票を求める運動を進めている時には、100メートルビルをはじめとした計画の中身、そして税金の使い方が問題だとしてきた。しかし、この西口再開発にはもう1つ大きな問題があった。それは談合疑惑だ。

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西口再開発問題 | 15:33:54 | Trackback(0) | Comments(0)
舞台は議会へ
 集められた署名は選挙管理委員会で精査され、1万7291筆と確定した。有権者の約15%にも及ぶ数だ。
 細渕一男市長の手によって住民投票条例案が市議会に提出され、いよいよ審議・採決。これこそが私たちの前に立ちはだかる次なるハードルだった。


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西口再開発問題 | 14:51:25 | Trackback(0) | Comments(0)
住民投票を求めて
 東村山駅西口の無謀な再開発計画をいったんストップさせ、見直させるには住民投票しかない……私も参加して新たに発足した市民グループ「みんなで決めよう!東村山駅西口再開発」市民連絡会が導き出した対応策はコレだった。
 とはいえ、住民投票などメンバーの誰も経験がない。しかし時間もない。ということで、勉強しながら進めていくという“自転車操業”スタイルで、運動は進み始めた。


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西口再開発問題 | 14:49:06 | Trackback(0) | Comments(0)
市民運動にかかわることに
 もともと新聞記者志望で、実際に一時は大手新聞社の記者だった私だが、政治は大嫌い。これは新聞記者になった経験からそう思うようになったのだから皮肉なモノだ。自分の名前から「政治を美しくするのが自分の使命」なんて思っていたのに……。
 しかし、正義感は人並みに持っているつもりだ。それゆえ、西口再開発問題に関して「仕方ないかなぁ」というムードになりかけているのを、ギャラリー喫茶「四季の花」の女性店主が自身のブログ「はてなのゆりさん」が「まだ何とかできる」と声を上げたことに心を打たれ、再びこの問題を「東村山グルメ日記」で取り上げたのだった。


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西口再開発問題 | 13:42:57 | Trackback(0) | Comments(0)
西口再開発を聞いて思ったこと
 東村山駅西口の再開発計画を知ったのはいつごろだろう。おそらく2004年5月15日発行の「市報ひがしむらやま」が最初ではなかったかと思う。
「へぇ、大きな建物ができるのか。何が入るんだろう?」と思って読んで、「何だマンションなのか」とガッカリしたことを記憶している。しかし、この時は私の最寄り駅が久米川駅ということもあって、「勝手につくれば」みたいな感じしか抱かなかった。
 そんな私の気持ちに変化が起きたのは、本町都営住宅跡地の桜&銀杏並木伐採問題に少しかかわってからだった。


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西口再開発問題 | 12:11:51 | Trackback(0) | Comments(0)
桜&銀杏並木のその後
 本町都営住宅跡地の桜&銀杏並木伐採問題はその後、「何とか残して欲しい」と署名運動が行われたものの、大半は伐採されてしまった。それでも何本かを救い出すことができたから、決して運動がムダではないとは言うものの、「決まったことだから」とゴリ押しする市側の対応には少し驚いてしまった。

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桜並木伐採問題 | 06:45:09 | Trackback(0) | Comments(0)
街に関心を持った原点
「東村山グルメ日記」の取材のため、東村山市内を食べ歩いているうちに、私はだんだんこの街が好きになっていった。川があって、畑があって、果樹園があって、野菜直売所があって、仰ぎ見れば山なみが見えて……のどかな気持ちになってくる。ただ、街を好きになればなるほど、嫌な面も見えてくるようになる。
 2005年11月に突如として降って沸いた(実際には以前から計画されていたことなのかもしれないが、その時の私にとってはまさに「降って沸いた」という感じだった)本町都営住宅跡地の桜と銀杏並木の伐採問題は、私が地元グルメのことだけでなく、街そのものについて考えるキッカケとなった。


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桜並木伐採問題 | 06:27:01 | Trackback(0) | Comments(0)
2004年9月 クリエイターズカンパニーコネクション入社
 内外タイムスを辞めてから、私は失業保険で半年間みっちり充電し、フリーライターとして仕事を始めた……と言うとカッコいいが、就職活動をしたものの、あまりいい仕事がなかったので、仕方なくフリーで始めたというのが本当のところだ。幸いにも友人経由で広告代理店の記事広告の仕事が入り、それがいい収入になった。
 しかし、広告の仕事には波があり、2004年1月に長男が生まれたということもあり、私はキチンと就職することを決意。2004年9月、以前にお世話になったU氏が立ち上げた会社・株式会社クリエイターズカンパニーコネクションに入社することにした。




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プロフィール | 03:59:13 | Trackback(0) | Comments(0)
1994年6月 内外タイムス入社
 U氏から離れた私はフリーライターとして、友達の紹介でマガジンハウス社の「自由時間」(今は廃刊になっている)などに原稿を書いていたのだが、さすがに食っていけなくなり、またも友達のツテを頼って、1994年6月に内外タイムスに入社した。



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プロフィール | 17:46:19 | Trackback(0) | Comments(0)
1989年4月 毎日新聞社入社
 新入社員は研修を終えると、基本的に地方支局に配属される。私が配属されたのは、静岡県の浜松支局だった。



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プロフィール | 16:00:45 | Trackback(0) | Comments(0)
1989年3月 早大卒業
 小・中学校時代は普通の子だったと思う。初恋、失恋という通過儀礼もキチンとしたし。
 家が貧しかったということもあり、お金のかからない公立高校を受験して、市立舟入高校に入学。ちょうど入れ違いで、原田真二が卒業しアッと言う間にブレイクしていった。歌謡界はニューミュージックブームに沸いていました。

 高校時代も普通に過ごしたと思います。ただ、クラブ活動で必要なシューズ代などを捻出するために、高校2年から新聞配達のアルバイトをしてました。
 で、いよいよ大学受験となるのですが、私は家の事情を考えて、地元の広島大学を目指しました。当時は「センター試験」ではなく「共通一次」と呼ばれていました。共通一次の結果は割とよかったのですが、二次試験で落ちてしまい、滑り止めを受けてなかった私は浪人となってしまいました。
 自宅浪人を覚悟したのですが、ラッキーなことに地元の予備校に特待生制度があり、それに合格したので、予備校に通いながら勉強することができました。



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プロフィール | 15:15:07 | Trackback(0) | Comments(2)
1962年10月22日
 この日、広島県広島市で私は長男として生まれました。広島市でも南の方で「江波(えば)」という町に家があり、そこには江波山と皿山という、「山」とはとても言えないほど低い丘みたいな山がありました。でもどちらも緑が多く、山の上には公園があり、子供たちの格好の遊び場となっていました。
 そしてすぐ近くには天満川と本川という川が流れていました。ほとんど河口近くなので、瀬戸内海の干満の影響を受けて、川なのに潮の満ち引きがありました。潮が引いた時は、川土手に下りて、よく石を引っくり返してカニなどを見つけて遊んでいました。


 

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プロフィール | 13:37:58 | Trackback(0) | Comments(0)